今回は、10年以上第一線で活躍する有名女性アーティストの参加したコンペについて、お話させて頂こうと思うのですが、その前に、楽曲コンペについて少し触れたいと思います。
ご存知の方も多いかもしれませんが、楽曲コンペと言うのは平たく言えば楽曲のオーディションのようなものです。今のコンペの殆どのケースで、作曲者は作曲そのものだけでなく、提出には曲の完成図がイメージ出来そうなデモ音源を作る必要がある為ある程度のアレンジからミックスまで行い、また、仮歌の方に謝礼を払って歌入れを依頼します。このようにコンペに参加する作曲者には、ある程度の労力と負担が必要とされます。しかしながら、そのコンペで採用されなければ、その時点でのリターンは基本0と言う厳しい世界でもあります。
そのコンペに漏れた曲をストックとして残しておき、別案件時にリメイクして提出することが可能なケースもありますので、作った曲が完全に無駄になる訳ではありませんが、昔のように「音楽業界は当たれば一攫千金」と言うのは年々レアケースになっているのも確かで、そのような背景を見ても売れっ子作家でもない限りは(特に最初のうちは)、楽曲コンペに基本赤字覚悟で参加することになります。従ってこれからの時代、コンペ参加へのモチベーションを維持するには、金銭的リターン以外の理由もある程度必要になってきます。
勿論ビジネスである以上、金銭的リターンを全く無視することはできません。最近よく言われる「やりがい搾取」のはびこる業界になってしまうと、やがて制作者も発注者も疲弊し、業界全体の衰退を加速させてしまう事になるでしょう。現在では、まだ頑張り次第では黒字を維持できるチャンスもあるのではないかと思います。メジャーアーティストに楽曲を提供した実績が、他の音楽関連の仕事上でもプラスに働くこともあるかもしれません。純粋に、自分の作品が世に出て多くの人に聴いてもらえる事、好きな歌手に歌ってもらえる事、作曲家としてのブランディング、純粋に音楽を作る喜び、新しいジャンルに挑戦することの好奇心や自身のスキルアップ等「金銭的リターン以外でのモチベーション」は人によって様々だと思います。
話が大分脱線しましたが、ここで最初の女性アーティストの案件の話に戻ります。今回の案件は彼女は個人的に好きなシンガーでもあり、また今回のジャンルはジャズ寄りの楽曲という事で、ジャズは私個人的には自分なりに好んで長く追いかけてきたジャンルでもあったので、そのような意味では比較的高いモチベーションで制作に取り組めた案件でした。出来上がった曲も、自分なりには割とイメージしていた感じに仕上がりました。
しかし、私はこの時この案件で、2つの失敗をしてしまいました。それは、後で社内伝言板で見て分かったのですが、私の提出曲を名指しではないものの・・・
・仮歌を本人に似せて入れるのはNG
・本人の過去リリース曲や参考曲にテンポや雰囲気が似た感じなのはNG
と言う担当者のコメントがあり、私は見事にどちらも(しかも良かれと思って)やってしまったのでした。仮歌の方はわざわさ物まねバージョンと普通に歌ったバージョンの2テイク録ってくれたのですが、私は嬉々として物まねバージョンを使ってしまったのでした!しかし、これはメーカーや担当者によっては「仮歌は本人に似ている方がイメージしやすい」とか、「参考曲に近い雰囲気だといい」という話も聞いた事もあるので、案件ごとにその辺りの事情も経験によって見極めないといけないのかもですね。
活動を続けていると、単に発注側の一歩的な都合といった理不尽な理由で採用されなかったりというような事も少なからずあります。楽曲コンペに参加するにあたっては コンペ通過が第一目標なのは言うまでもありませんが、その制作過程で「楽曲制作そのものを楽しめるか?」、「自分にないものや未経験のジャンルでも、学んだり挑戦することに楽しみを見い出せるか?」「生きている証を残したいか?(笑)」という様々な要素を動員するのも、「報われないかもしれない努力」に何度も必要とされる楽曲コンペのモチベーション維持には必要になってくるかもしれません。そのようにして心折れずに前向きに取り組んでいけるのであれば、きっといい事あると思います。笑