学生の時、同級生に詩を書く友達がいました。色々賞を取ったり雑誌にも載っていたのですが、セコい僕は彼に「歌詞かいてよ」と頼みました。所謂「詞先」ってやつです。
いざ上がってきた作品を見た僕は絶句してしまいました。
「・・・曲にならねwww」
つまり、普通に文章の作品というかポエムというか小説みたいなものが上がってきたわけです。詩も歌詞も同じ文字を扱う作品だとしても、俳句に五七五のルールがある様に、歌詞にもJpopならJpop、ラップならラップである程度形式的なルールがあるのです。ただ、そこまではっきりした縛りがないのも事実なのですが、どうしても音楽は4拍子なら1小節4拍、進行はある程度8や16小節での括りやA,B,サビの形式があるので、それを見据えた作品作りが必要です。
時々、詞先の発注があった時に、上記の様な「文章」で来る時があるのですが、これが本当に難題なのです。
言葉遣いを変えたり、違う表現にすると大丈夫なのですが、その作品を書いてくださった方を尊重すると考えると、どこまで変えて良いのか…難しい所です。
文章を尊重しすぎると、メロディのモチーフが安定しなかったり、あまり良いメロディにできなかったり、Aメロ、Bメロ、Cメロ、Dメロ、E…(永久)みたいになるわけですね(笑)
ちなみに、僕の打開策は「ラップ」です。韻を踏みづらいなど、ある程度諦めないといけないですが、普通にメロディを作るよりかは文字数が稼げるからです。もう少し時代が進めば、所謂「ポエトリー」なんかもアリかもですねw
今回は作曲家目線で見てみましたが、逆のパターンもあります。「曲先」で後から詞を付ける場合。(現代はこの方式が一般的です)
作曲家としては「言葉が乗りやすいメロディか?」「フレーズやモチーフを優先しすぎていないか?」というのは常日頃の課題です。メロディを優先しすぎて詞の内容が崩壊する事もしばしば。その事についてはまた今度書こうと思います。